GRFグルーは、主として大動脈解離部切断後のグラフト再建術において、大動脈断端の残存偽腔の充填のために用いられる。
断端補強の方法としては、従来からフェルト等を用いる方法が施行されているが、GRFグルーを用いると断端の処理が容易になる。
-現在では、1)フェルトのみを使用する方法、2)GRFグルー等のグルーのみを使用する方法、
3)両者を併用する方法、がそれぞれ施行されている。-
GRFグルーを用いた手技にはすでに30年の実績があり、手術時間の短縮や周術期の生存率向上のために有効であると報告されている。
[製品の特徴]
生体に用いる「糊」材として、ゼラチンは、免疫的過敏反応が少なく、かつ生体組織に対する付着力が強いという利点があるが、一方、水溶性であり、生体に吸収されやすいという欠点を有している。そこでゼラチンに、まずレゾルシンを共有結合させて親水性を高め、さらに適用時に、ホルムアルデヒド・グルタルアルデヒドと架橋反応させることで生体内での吸収性を抑えている。
[製品の構成]
□製品は滅菌済みのものをプラスチックの密封容器に入れて供給される。
□容器内には、
1)接着剤の入ったアルミチューブ (A)
2)硬化剤の入ったガラス瓶 (B)
3)硬化剤注入のための1mLシリンジ (C)
が収められている。
□(A) アルミチューブには、14mL(15g)の接着剤が収められている。
<ゼラチン(37.5%)、レゾルシン(12.5%)、精製水(50%)>
□(B) ガラス瓶には、1mLの硬化剤が収められている。
<18.5%濃度のホルムアルデヒド溶液(90%)
25%濃度のグルタルアルデヒド溶液(10%) >
*したがって1セットあたり約170μLのホルムアルデヒドを含有する。
□使用時における2剤の標準混合比率はB/A=1/40~1/20とする。
(この製品では、重合液の添加比率について、ペーストに対して、1/10~1/40量の混合比を用いることで承認取得しているが、重合液の混合比率を1/10以上にすると、遊離ホルムアルデヒドの量が急激に増加することがIn-Vitro実験で確認されている(1)。1/10以上の濃度にしても、グルーの硬化速度は速くならないばかりか、術後に周囲組織に遊離ホルムアルデヒドを放出することになるので、十分な注意が必要である。)
[製品の長所・短所]
大動脈解離手術に用いられる糊としては、次の効果を備えていることが理想である。
(1)偽腔に存在する血管腔と偽腔との交通路を十分に充填できるだけのボリュームを備えていること。
(2)人工血管と接合する断端に用いるため、柔軟性と弾力性を備えていること。
(3)ゆっくり吸収されながら、同時に生体の線維組織と置換されていくこと。
GRFグルーはこの3つの要件をほぼ満たしている。
臨床的に使用されるものとしては、GRFグルーの他に、フィブリン糊や、シアノアクリレート系接着剤、アルブミン糊があるが、いずれも、大動脈解離手術に用いるには欠点がある。フィブリン糊やシアノアクリレートは、偽腔を十分に充填するだけの量を確保しにくいし、吸収が早いため、吸収後に偽腔が再形成されやすい。アルブミン糊は、硬く、かつ抗原性の問題を残している。
一方、GRFグルーの短所は、
(1)天然のゼラチンを使用しているためその硬化時間や強度等の物理的性質が均一ではない。
(2)ゼラチンペーストを加熱しすぎたり、加熱・冷却を繰り返すと、硬化時間が長くなり、強度が減じる。
(3)水分が残存する部位では接着力が弱まる。
(4)抗張力特性が低いので、張力がかかる状況では縫合が必要である。また、充填後、数分間、軽く圧迫固定することが望まれる。
したがって、使用時には上記の点に十分留意する必要がある。
[レゾルシン・ホルムアルデヒドの毒性]
GRFグルーに用いられている、レゾルシンやホルムアルデヒドの毒性がしばしば問題にされるが、両者ともゼラチンに共有結合されるので、適切に使用すれば適用後のグルーの中には残存しない。しかし、手術時の操作が容易になるという理由で、安易にホルムアルデヒド・グルタルアルデヒド溶液の適用比率を増加させるなら、投与後のグルーに遊離ホルムアルデヒドが残存することになり、ひいては、周囲血管組織の壊死-再解離につながる恐れがあるので特に注意が必要である。
[GRFグルーの歴史]
ゼラチンにレゾルシンとホルムアルデヒドを添加する接着システムは、1960年代からBonchek、Brunwaldらが米国のBattelle Memorial Instituteと共同で開発してきたが(2)、1976年、フランスのJean BachetやDaniel Guilmetらが、この接着システムが急性動脈解離手術にも有用であることを動物実験で明らかにした(3)(4) 。翌1977年から、同氏らは臨床に応用し良好な成績を収めた(3)(5)。 以来、今日までBachet氏らは、GRFグルーを用いた手術で良好な結果を保ち続けている(6)。日本においては、日本ビー・エックス・アイ株式会社が1995年に承認を取得し、現在、同社の製造販売承認のもと、全国の医療機関で使用され、ヨーロッパ同様に国内での大動脈解離手術時の生存率を高めた。
近年、動脈組織壊死による再解離症例において、最初の手術でのGRFグルーのホルムアルデヒドが過剰ではなかったかと問題提起する論文がいくつか報告されている。これを受けて、現在、日本ビー・エックス・アイ株式会社は、製品に付属するホルムアルデヒド・グルタルアルデヒドの容量を1mLに変更すると共に、ホルムアルデヒド・グルタルアルデヒドを過量に使用しないように伝達することに努めている。
[GRFグルーの供給元であるフランスのミクロバル社について]
GRFグルーを供給する会社は世界的に複数存在する。現在、日本ビー・エックス・アイ株式会社は、主としてフランスのミクロバル社から製品の供給を受けている。同社は、GRFグルーの臨床使用において経験豊富なDr.Bachetらの意見に基づき、かつ日本での薬事承認の基準に適合する製品を日本に供給している。また、同社は製品の安全性についても、独自の高い安全基準を設けている。
製品に使用しているゼラチンについてもガンマ滅菌を行っており、さらに、単に手術時の操作性を考慮するだけでなく、術後にも柔軟性や組織充填性を保ち、徐々に線維組織に置き換わっていくことを考慮して原料を選択している。
【GRFグルーを用いた大動脈再建のための断端部処理】
以下には、解離した大動脈を切離した後に人工血管に置換する処理例をモデルにして、残存大動脈の断端処理にGRFグルーを使用した手技例を掲載する。この手技には、状況に応じてフェルトを併用する。
① [GRFグルーの保温]
GRFグルーを、40-45℃の精製水の入った恒温槽中で保温する。(急加熱は避けること。また、温度を50℃以上に上げないように注意)
②[血管の処置]
壊死組織は可能な限り除去する。壊死組織除去によって強度が確保できない血管の場合は、その部分を除去する。(解離部閉鎖後、人工血管に置換するものとする。壊死部を残存させたままGRFグルーを用いて解離腔を充填した場合、術後の再解離の原因となる。)
●GRFグルーは、フェルト使用で処置できる程度以上の解離腔処置には適さない。
③[GRFグルー注入部基部(底部)の縫合]
大動脈解離部切除後、大動脈断端の再建術を開始する。まずGRFグルーを解離部に注入する前に、近心側は、大動脈弁輪直上で、大動脈弁尖に平行に、大動脈口の上方で外膜から内膜を貫通させて一周連続縫合する。
④(④と⑤は同時に進める)[水分除去]
GRFグルー充填予定の解離腔内を乾いたガーゼ等で拭いて血液や水分を除く。(水分や血液がある場合、硬化時間が延長し適切な接着効果を得ることができない。この場合、手術後の再解離や、塞栓形成等が生じることがある。)
⑤[GRFグルーの注入準備]
硬化剤(ホルムアルデヒド-グルタルアルデヒド混合液=FG)を必要量(1回に注入するゼラチン-レゾルシン=GR量の1/40~1/20の容積)だけ、バイアルから付属シリンジに吸い上げる。
⑥ [解離部の縫合・接着剤の充填]
解離腔を構成する2つの層(筒)の先端を合わせて連続縫合する。縫合は、2つの筒の先端の部分で行う。縫合を進めながら、血管解離部(2つの筒の間に腔ができている部位)にGRを注入していく。GRの注入は、通常、5,6回に分けて、解離腔の中に空隙を作らないように緊密に充填する(図1)。その都度、必要量のFGをバイアルから吸い上げ、注入したGRの上に滴下あるいは、GR中に注入する。
(注意)
(1)GRFグルーを適用する部位の周囲の組織は、ガーゼやラップで被覆して、GRやFGが付着しないように注意すること。
(2)接着剤は、偽腔内に隙間のできないように充填する。(図1)
(3)FGの使用量は注入するGRの/40~1/20とすること
(4)注入したGR上に滴下する場合には、以下の基準にしたがう。
●全周に亘って、GRを注入する場合は、GRの注入を数回に分け、その都度、FGを3~5mm間隔で1~2滴滴下、あるいは注入する。(ゼラチン充填部の中央に滴下,注入すること)
<適用時の注意>
□基部縫合線~断端部の解離腔内に空隙を残さないこと。(空隙は再解離の原因となる) (図1)
□断端部から溢出した接着剤は、直ちに除去すること。
□FGが生体組織に直接触れないこと。(未重合のFGが生体組織に付着した場合、壊死を生じ、新たな偽腔、さらには再解離の原因となる)
□可能な限り十分に、注入したGRとFGを混合すること
□管腔側から見て、接着剤が管腔側に露出している箇所があってはならない。(塞栓の原因となるため) <偽腔に、内腔側へ溢出する経路がある場合は、縫合閉鎖する>
□重合反応中のGR-FGに物理的な力を加えてはならない。(重合はFG適用後の数分以内に始まるが、重合反応がほぼ終了するまでには5分以上かるがことがある。)
(重合中に物理的な力が加わると鎖が断裂し接着力を失う)
□重合時間は、以下の条件によって異なる。a)残存水分の量 b)GRの鎖の長さ c)適用時のGRの温度 d)混合するFGの比率 e)混合撹拌の程度
GRFグルーの適用時の稠度は、高い方が手技上の操作性が良好になるが、反面、解離腔内に空隙を作りやすく、壁との適合性も低くなる(図2)。GRFグルー適用部に空隙が残った場合には、長期的には、再偽腔形成、再解離の原因となる。特に硬化剤の濃度が高かった場合は、適用部周囲の組織を壊死させ、これが再解離の原因となりうる (図3)。
⑦[辺縁縫合]
グルーを投与した部位について、順次、辺縁を連続縫合していく。
⑧[固定]
グルーを適用した部位の血管の内側と外側から、5分程度軽く圧迫固定する。
(この操作は、適用したグルーを、血管壁の形状にしたがってしっかり付着させ、空隙を作らないために行う)
⑨[洗浄]
必要に応じ、吸引を行いながら、生理食塩水で適用部位を洗浄する。残渣等が血管内に入り込まないように注意する。(血管内に残渣が入り込むと塞栓の原因となる。)
⑩[遠心部断端の処置]
遠心側断端の処置も近心側に準ずる。近心側同様に、GRを注入する前にGR注入部位の遠心で、血管周囲一周を連続縫合する。
⑪本品の使用は1回限りとし、残った接着剤、硬化剤はともに廃棄する。
[GRFグルー投与後の病理組織学的検討---イヌによる試験]
□GRFグルー適用直後の急性期においては,グルー適用部周囲に、好中球等、多型核白血球の浸潤が見られる。
□第1週が過ぎ亜急性期に入ると、炎症性細胞は外膜や外膜周囲にも波及し、組織球や、リンパ球、形質細胞の浸潤も認められるようになる.
□慢性期には,まずは不均一な(3週目),次いで高密度かつ均一な(7週目)線維化した組織の出現が認められる.解離腔が線維性組織で満たされる場合には治癒に向う。
●グルーの膠原線維が患者自身の線維性組織に置き換わるための過程を考えるなら、軽度の炎症が生じることには有用性がある。
●しかし、糊の成分由来の退行性変性現象が生じることがあることに注意しなければならない。
1)これは大動脈中膜に壊死を生じさせるものであり、平滑筋細胞が消失し,弾性繊維の波状が壊れ、次いで8日目から急速に石灰質が沈着する.
2)壊死により中膜構成組織が失われると、そこにまず、白血球が集中し、次いで線維化組織が出現する.
3)多くの場合、2か月目から接着部に軟骨様変性巣が形成される。
4)炎症反応が強かった場合、壊死現象が強まる可能性がある。
a)線維化組織は外膜を肥厚化し、血管神経および大動脈栄養血管を圧迫し、大動脈壁の栄養機能を阻害する.
b)中膜壊死巣と軟骨様変性巣は、大動脈壁の物理的特性を変化させ、その弾性を部分的に失わせる。(4)
[参照した文献]
(1) Gelatine-Resorcin Formaldehyde(GRF)グルーの重合反応に関する基礎研究 [會沢勝夫]
(2) Experimental Evaluation of a Cross-Linked Gelatin Adhesive in Gastrointestinal Surgery, [Bonchek, Braunwald][Ann Surg. 1967 March; 165(3): 420-424]
(3) Use of biological glue in acute aortic dissection, [Guilmet, Bachet,et al][The Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery,1979, Vol 77, 516-52]
(4) Traitement chirurgical des dissections aortiques aigues par utilisation d'une colle biologique [LAURIAN, GIGOU, BICAL,BARBAGELATA, BACHET, GOUDOT, GUILMET][J . Chir.,1979,116, nu 2, p. 143-148.]
(5) 4-year clinical experience with gelatin-resorcinol-formol glue in acute dissections of the ascending aorta, [Bachet et al] [Arch Mal Coeur Vaiss. 1983 Jan;76(1):87-94]
(6) The proper use of glue: a 20-year experience with the GRF glue in acute aortic dissection, [Bachet, Goudot, Guilmet et al.] J Card Surg. 1997 Mar-Apr;12(2 Suppl):243-53; discussion 253-5.














